春の気配も ご存知ないか
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 
 


都内都心の真ん中でも
意外なまでに人の目が届かぬ空間はあるもので。
例えば、神宮外苑や旧跡を生かした記念公園などなど
広大な公苑や緑地がある以上、
平日などには そのどこぞかに死角も出来ようし。
また、長く続く不景気から、
倒産や閉鎖を余儀なくしたそのまま、
管理もされずに放置されている施設も多々あって。
そこは そも住宅街ではないから尚更に、
昼間ひなかでも人の眸が届かずの、
疚しい人や事象へは好都合な空間の一つだろう、
金網のフェンスに囲まれた、工場跡地がここにもあって。
その煤けたフェンスが ところどころで途切れて見えるほど、
伸び放題の芒種雑草がぐいぐいと生い茂り。
かつては搬入用のトラックが停まっていたのだろう空間もまた、
打ちっ放しのコンクリが敷かれてあって多少は開けているけれど、
その継ぎ目からはやはり、
この時期でも伸びるものか、苔と一緒に雑草が好き放題に生えており。
錆びついた鉄の扉は大きく開け放たれているものの、
がらんどうな内部は なのに真っ暗でほとんど見通せず。
稼働していたころは昼夜もなく忙しかったか、
一斉に電灯を照らしていたがため、
明かり取りの窓なぞ不要だったのだろうことを忍ばせる。
換気用のそれか、
それとも歳月が経るにつれ風雨が空けた隙間だろうか、
わずかに空いたところから射す明るみが、
屋内の暗さを却って際立たせ、施設を骸骨みたいに見せていて。
誰からも忘れ去られたような場所ではあるが、

 「それでも、」

此処へと至る私道には何物かが車で通っていたらしい形跡があって、

 「幹線道路から入り込んだ何物かが間違いなく居る。」

それが証拠に砂利に刻まれた轍も新しい。
真っ当な出入り口の門扉には
それもまた錆び付いた南京錠が下がっているが、
新しい轍はそこを通過したらしい形跡を残しており、

 「…そこのところは間が抜けておりますが。」

 「言ってやるな、
  突き止められようはずはないと踏んだのだろうよ。」

現に自分たちとて、
此処を突き止めたのは
相手の手の内へ人質という切り札を奪われてからのこと。
物理的に追跡して判った訳ではなく、
探査や絞り込みへの先進の知恵によるものであり。
それらを駆使し、 此処からの逃走前には間に合って
何とか逐電の足を押さえ込めてもいるけれど。
そちらも錆びかけのドラム缶やら一斗缶が無造作に並んだ、
雨ざらしのトタン板の壁の向こうは伺い知れぬし、

 「…っ!」

何の前置きもなくのいきなり、
ガガ…ゥンっという残響付きの銃声が、廃工場内から轟いて。
周囲を固めていたスーツ姿の警察関係者らが、
十分に荒ごと慣れした部署でありながら、それでも身をすくめて息を飲む。
外からは伺えぬが、
当然ながら 中に立て籠もり中の一味からは、
疚しさからの警戒も鋭いか、外の様相も察せられたのだろう。
包囲の段取りを取る中で気配を気取られ、
気づいているぞという警告代わりか、重々しい銃声が轟いたそのまま、
人質解放への交渉にと使っていた、
ガラケー…もとえ携帯電話にもその旨を告げる犯人からの声が届いて。

 『大人しくしてりゃあ、
  人質のおっさんは無傷で返すつもりだったんだがな。』

何しろ、こちらは不利なことこの上ない立場。
取り逃がしては面子が立たぬし、
それより何より、人質の身の安全を一刻も早く確保せねば、
こちらの陣営は何とも動きが取れぬというもの。
さすがに強硬突入をするつもりはないとの旨だけは
何とか伝えての…2日がかりの睨み合いが続き、
食料の補給を何とか取り付けたものの、
そこへも付け入る隙がないまま、半日。

 「そもそも、財界の大御所だか何だか知りませんが、
  俺らの頭越しの
  犯人からの呼び出しに応じて、うかうか出てく人がありますか。」

テレビ局の中継基地車に見えなくもない、
実は警察の指揮専用トレーラー車の、
ステップつき昇降口に待機していた機動隊員が
苦々しい顔で呟いたのへは、

 「…言ってやるな。」

通りかかった年嵩の刑事が、
諌めるように、それでも静かな声を返してやる。
これが経営上の決断や何やなら、
きっちり合理的な処断も出来る人だろが、
まず最初に誘拐されたのが 愛する孫娘であり。
彼女を無事に返してほしいならと言われちゃあ、
どんな理不尽や不合理も、
はい仰せのままにと飲んでしまうのが親心。

 「…まだ高校生のお嬢さんでしたよね。」

ただ、今回のこの事件の場合、
その令嬢は実は攫われてなぞいなかった。
春休み中とあって お友達と出掛けていて、
憧れの先輩が出ておわす舞台を鑑賞していたのだが、
会場で思わぬ事故があり、
開演時間が1時間ほどずれ込んだのを、
戻らないのは我らが誘拐したからだ、なんて

 『いい迷惑を掛けられたのはこっちです、まったく。』

 『……。(頷、頷)』

きっと会場内の電源を大元でダウンさせたのは奴らの仕業ですよ、
原因解析するより回復の方が早かろう程度の
物理的な断線事故でしたもの、と。
たまたま同座していたみかん色の髪した電脳小町が憤慨したほど、
ちゃちいながらも なかなかの作戦で。
上演中はスマホの電源も落としていたのだから
彼女本人への連絡も付けられず、
一気呵成に運んだならば、
その1時間のタイムラグで、
まんまと“攫ってもない”彼女の身代金は成立しましょうし、

 『しかも連中の狙いは、
  令嬢への身代金ではなく会長自身の御身とあってはね。』

最初の取引は、それでも何とかこそりと運べる規模だった。
今の紙幣でならば、1億円が何とかスーツケースに収まるし。
多少は重いが、車での移動なら一人でだって運べなくもない。
それでと極秘に動いた会長さんこそが相手の真の目的、
そんな大御所を手の内にした彼らが、
改めて要求して来た“身代金”は、

 『WT社の気象に関する新規プログラムへのIDとはねぇ。』

最初に聞いた警察関係者らは、
何が何やらと鳩が豆鉄砲を食ったような顔になったが、

 『お天気のデータが、
  商売の上で なかなか馬鹿にならないのは御存知でしょう?』

 『あ、ああ、まあな。』

気温がほんの4、5度違うだけで、売れ筋が がたぁっと入れ替わる。
それでなくとも
在庫は置かずに小まめな補給で商品を効率よく回し、
店舗面積を押さえて経費を切り詰め、
その分を価格へ反映させている大手のチェーン店なぞでは、
株価の変動には関心がなくとも
お天気の移り変わりには神経をとがらせているほどで。

 『WT社というのは、
  表立って有名な、某ウェザー関係の会社よりも、
  もっとレアで、しかも世界規模の気象予報会社です。』

そこがバシバシと予報を的中させている、
現在の世界最強だろう気象予報プログラムですよ、と。
一体どこから紛れ込んでいたものか、
最初に誘拐されたこととなっていたお嬢様の頼れる先輩、
某女学園の三華様がたが そんな詳細を“通訳”してくださって。

 『たかがお天気…ではないのは、何もコンビニだけじゃあない。
  ちょっとしたイベントへの日程へだって、アテにしまくりなんですよね。』

晴れるか雨か、暖かいか寒いかで、売上がどんと違うし、
無駄なロスは避けたい“賢い経営”には やはり必須なのが天候データ。
特別なイベントには それがもっと重大事なのであり、

 『そりゃあ大きなイベントであればあるほど、
  ゲリラ豪雨なんぞに襲われたくはないでしょう?』

出来れば、いやいやどうしても、
特異日クラスでの絶対の快晴がほしいのが、
世界大会やオリンピック級のイベントの開幕式で。
国の面子や沽券もかかわろう そういうものであればあるほどに、
準備にどれほどの経費がかかるか、
責任という重圧がどんだけかかるか判りますか?
物品流通が関わる、設営だのプログラム消化だののみならず、
それは多くの参加者や、それぞれに多忙な来賓らのスケジュールを
たった数日、下手すりゃ1日へ合わせるために、
様々な関係者たちが逆上り計算を為し、
どれほどの下準備が要ることか。

 『その“日程”を鉄板レベルで間違いないと定められる、
  気象上の計算だか探査だかの方法論があるそうで。』

 『それがその…プログラム?』

最近の気象予報の精密さは分からなくもないけれど、
そうまで大きな話を持って来られると
まだまだ眉唾な気がしてしまうものか。
どんどんと怪訝そうな顔になる佐伯巡査長へ、

 『信じられないなら、それでも結構。』

ひなげしさんがくすりと微笑う。
ただ、犯人はどこで訊いたか、そういうものがあるのを知っており、
しかも要求された側も側で、
知っている上に、

 『…入手可能なのかも?』
 『そのものへの接触はさすがに無理でしょうが、
  契約していての IDとかパスワードとか。』

よほどの得意先なんならば、
そういうものを得ているのかも知れません。

 『何せ…一般向けではないながら、
  燃料関係では世界の市場で知らぬ者のない級の、
  日本を代表する一流商社の最高取締役ですからね。』

途中参加のくせに、
いつの間に浚ったか そこまで御存知だったお嬢さん、

 『様々なイベントの、
  スポンサーにもなる機会が多いのでしょうから。』

 『……成程なぁ。』

相変わらずの切れ者、
そこにいながら、月面や衛星軌道周回中のポイントからでも
デジタル通話を送って来れるという、
その筋での天才児さんと。
自身が属す 世界レベルの社交界にも顔が利き、
そのついでに産業界上層部へのコンタクトの伝手も…
誰さんと言われれば ポンと手を打って
直通のメアドやケー番をほれと提示出来る、
恐ろしきデータをその手へお持ちの
金髪寡黙なお嬢さんという取り合わせが、
突貫で取り付けた敷地内への監視カメラの映像やら、
周辺の道路の交通状況やらと
様々に集まる情報を集積するためのパネルを搭載した
管制用の指揮車にお邪魔しておいでで。

 “十代でこんな恐ろしいのを、放し飼いにしてていいのかねぇ。”

誰ですか、これは。(苦笑)
まま、使い道を誤らないなら、無敵じゃああれ問題ないというところかと。
そんなお嬢さんがたが一枚咬んでの囲い込みゆえに、

 「ピリピリすんな。
  さっき手配した車を金網の破れまで付けたいだけだ。」

こういう取引にはお決まりの、
自分たちが無事に逃亡出来る足がほしいという要望へ、
素直に応じて差し上げて。

 「ただし、人質の会長は置いてゆけ。」

君らがほしがってたプログラムだかデータだかの件は、
会社の幹部らとの交渉で、車内に置いたパソコンへ搭載してある。
詳しいことは良く判らぬが、確かめようはあるのだろうから、
それを踏んでの此処から退去なり逃亡なり、すればいいだけの話じゃないのかな…と。
本件の対策責任者、捜査一課の警部様が、
そうと運んでいるのだよと ラウド・スピーカで告げれば、

 【 …判った。】

食料を搬入したのと同じ段取りで、
問題のボックスカーが敷地内へと乗り入れて。
運転手が外へ駆け去った後へ、
様子を見い見い、工場内から一味の一人が出て来ると、
まずはと車内へ乗り込んでから、

 「…あ、内部の誰かへ通話してますね。
  あいつがパソコンを確かめたらしいです。」

こちらもこちらでノートパソコンを開き、
何がどういう仕掛けなのだか、
そんな経過になってることをあっけなくも突き止めて
報告くださる電脳小町さんの言に、
ははあ さいですかと恐れ入ってから、

 「会長さんを残していくって段取りに なるのでしょうかね。」

 「そうしてくれんと困るのだがな。」

いつまでも楯にされてはたまらぬと、
渋い顔になる佐伯さんと
困るのは同んなじものなのだろう。
昨日までの舞台を終えたプリマドンナ様が
うんうんと深々頷いたそのときだ。
工場の出入り口に動きがあり、
警戒しつつ車へと乗り込んだのが、ひのふの…四人ほど。

 「おかしいですね。
  赤外線透過で確かめたおりは 人質込みで6人いたのに。」

 「人質もいない。」

 まずは下っ端を逃がして、
 頭目御大は後から堂々とってことだろか。

 …盗っ人猛々しい。

相変わらずに、言葉数と同じほど気が短い彼女で、
待機中の司令室用警察車両、
大型トレーナーから出て行こうとしかかる三木さんチの令嬢を、
まあまあまあと、
今件へは客員という立場の佐伯巡査長が引き留めておれば。

 「あ、また連絡取ってますね。」

管制用のではなく、
自前のパソコンのモニターを注視していた平八が、
猫眸を片側ぱっちり開けて、新しい動きをじいと見守る。
会話の内容まではさすがに分からぬし、
向こうもその手の玄人か、着信先は輻輳させたゲート経由になっていて、
手持ちの容量では追跡は不可能。

 「…やっぱりね。奴らは単なる使い捨ての駒ですよ。」

今回の要求で渡せと言われた“ID”は、
ただ単にメモって渡せる代物じゃあない。
フラッシュメモリという格好の、文字通り“鍵”だったのへ、

 「車内へ確認にと最初に乗り込んだ奴が、
  パソコンを持ち上げてグルグル見回してましたしね。」

通信用の機器かも知れぬと警戒したらしかったのへ、
いやいやそれこそが目的のブツなのだと、

 「理解するのに間がかかってましたから。」

 「…っていうか、俺にもよく分かってないんだけど。」

何でまた、デジタル全盛の今時に
そんな…手渡ししか出来ない“鍵”なんだい?と、
怪訝そうな顔の佐伯さんへ、

 「どんな複雑な暗号化を重ねても、
  人が思いついたものは人に解かれるものですよ。」

その筋の強わもの、ひなげしさんが“ふふん”と小癪に笑い、

 「なので、
  分刻みでランダムにパスワードが変わるタイプのIDが、
  今のところは最強なんです。」

しかもコピー不可で現物しか効力がないとくりゃ、
こんな最強物件はないでしょう?と。
どうだ参ったかと言わんばかりに、
巨きな胸を張って見せるお嬢さんだったが、

 「最強の先進って、一気にアナログへ逆戻りしてるんだね?」

 「…まあ、そうなりますか。」

小難しい専門分野のお話はともかく。
そんな形状のブツだということさえ、
実は把握出来てはいなかった実行犯たちだと踏んだ平八であり。

 「頓挫したなら切り捨てる気満々だったんでしょうね、黒幕は。」

こんな連絡の取り方をしている辺り、
どんだけ信用してないかの現れだとし、

 「どうせ実戦への参加は出来そうにないのですから。」

計算容量が足りないと言っておきながら、
素晴らしい手際でキーボードを叩き始めるところを見ると、
それでもそっちの追跡へ取り掛かるらしく。
そんな平八なのを見て取ると、

 「………。」
 「わっ。三木さんたら何処へ行くつもりかな?」

ちょっとしたキャンピングカーほどという狭い通路を
すっくと立ち上がったそのまま
つかつかと外へのドアへ歩んでゆくプリマドンナ様へ、
再び焦った佐伯刑事だったが、

 「…っ。」
 「え…?」

車外の気配がそれは大きくざわりと揺れた。
装甲仕様の車内へまで届いたほどの動揺震撼で、

 「な…っ。」

制止しかけていたのが打って変わって、
佐伯刑事の側もまた、競い合うように外へと飛び出せば。
周囲に詰めていた刑事や機動隊員は、だが、
事態の急変を目撃はしても、
それへと動き出してはいないのが手触りとしては不可解で。
ますますと混乱しつつ、
それでも…彼らが見やっている方向へ
自分も素早く眸を向ければ、

 「……………あ。」

一味が次々とボックスカーに乗り込んでいて、
その最後に、威嚇をかねてか
リーダー格が人質を連れて続こうとしたらしく。

 だがだが

高級な仕立てだろう、英国ブランドのスーツをまとった、
実行犯らの人質だったはずの老紳士、

 えいやっ、と

相手の手を後ろ手になってた不自由な手で捕まえての、
一体どうやったか、ぐりんと捻って転ばせたらしく。
どんなに場慣れしていても、はたまた力持ちでも関係なく、
まずは千切れもせぬだろう結束バンドで拘束されていたはずの手を、
どうやってそんな…と見る間にも、

 「  ……あ。」

その手が見る間に自由になっての前へと出ていて、

 『小指へ添わせて、
  細い刃物が出るような細工をしてはあったんですが。』

肌色のシリコンで覆ってあったので、
事情を知らなきゃ気づかれはすまい。
とはいえ、

 『リハもしないで使いこなせる辺りが小憎らしい。』

もしかして久蔵さんと同じよに、
超振動も使えるんじゃありませんかと、
平八から後で問い詰められたのは、

 「……勘兵衛様?」

あ、しまった、警部補呼びしてねぇと、
口元を手で覆った征樹殿だが、
誰もそんな瑣末なことには気づかなかったほど。
周囲の人々も途轍もない驚愕に捕らえられ、
言葉もないというのが正直なところ。
しゃんと延ばされた背条に、
ぐいと肩を広げられ、ゆったり開かれた懐ろ。
自由になった手がやや乱れた半白の髪を掴んで引けば、
どうやって収められていたものか、
背中までという長さの濃色の髪があふれ出し、

 『髭は染めたのですね。』
 『ああ。』

ワンタッチタイプのヘアカラーの流用で、
籠城が長引いたら落ちやせぬかと案じてたなんて、

 『…好きに言ってなさい。』

仲間内なのに犯人と同じよに騙し討ちをされたと、
包囲陣営の一部からは しばらくほど恨まれた誰か様。
どうせ、相手だって微に入り細に入りとまで知ってはおるまいと、
苦労人だったか彫の立ったお顔立ちだというのだけしか似てはないのを、
強引になりすました偽の会長という人質さんこそ、

 「な、」
 「爺ぃっ、何しやがるっ!」

周囲のどよめきに異変を察し、
振り返ったそのまま、何とか機敏にも駆け着けんとした賊らを、

 「歯を」
 「?」
 「食いしばれよ。」

フェンスの外から一直線に、
放るというか投げ付けられた伸縮警棒。
それを頼もしい大きな手で難無く受け止めると、
ひゅんっと ぶん回す遠心力だけで引き伸ばし。
片手持ちという変則的な構えであるのに重厚な見栄え、
そんな得物の扱いようへ、
ついつい見惚れている間をも引き裂いて。

  せいっ、という一閃で
  一気に数人まとめて

犯人一味を土壇場で薙ぎ倒した
大きなどんでん返しの立役者にして、

 「…警部補、
  肋骨にヒビがいってたお人が いきなり何してますか#」

孫娘が案じられてと、
犯人に誘い出された会長こと老紳士が、
いつの間にか、
彼らのよく知る存在に変わっており。
まだまだ春ではないけれど、
常緑樹だろう放置された木々の木立を背景に、
凛々しい勇姿で立っておいでなのが、
ご無事だからこそ いっそ小憎らしいと
睨んで差し上げた征樹の傍らから、

 「…島田。」

高級スーツの下、
丸めた背中に入れてたらしい
薄いパッドを振り落としている偉丈夫へ、
たかたか足早に近づいたのは、
さっきまで佐伯刑事の傍らにいた
三木さんチのご令嬢。

 「シチは?」

 「何だ、お主らと共に
  おったのではなかったのか?」

危険な状況下にいたには違いない、
人質だったお人の胸倉を掴む姿を見、
周囲がはっとして動き出した、
ややこしいやら鮮やかなやら、
どっちとも言えて どっちとも言えぬ
人里離れた廃工場にて繰り広げられた大騒ぎ。
すったもんだのうちに、
それでも一件落着と呼べる方向で
幕となったのではありまして。

 「あああ、思い切りぶん回しましたね。」
 「うむ、久蔵に合わせてあったのだな。」
 「当たり前です。
  素早く振り回すこと優先に、
  軽量化してあったんですよ。」

根元からばっきりとへし折れた特殊警棒へ、
もうもうもうと ひなげしさんが膨れるやら。
そんな二人の傍らでは、

 「シチっ!」
 「久蔵殿、心配かけましたね。」

金髪娘が二人そろって、
数日ぶりの再会に
嬉しそうに抱き合っておいで。
実は別行動で、
何かあったらアジトに突っ込む所存、
平八が改造したミニバイクをたずさえて、
敷地の反対側に潜んでいた七郎次。
彼女の姿が見えなかったので、
てっきりまだ入院加療中だと
思い込んでいた佐伯刑事としては、
君まで一緒になって…と
ライダースーツ姿の白百合さんを
叱り飛ばしたいところだったが。
待機中の尖ったお顔が一転し、
それは愛らしくも甘えるお顔になっておいでの
紅ばらさんなの見てしまっては、

 「…しょうがないなぁ。」

こたびばかりはお説教を勘兵衛様に任せる訳にもいかないが、
それでも“今すぐは勘弁してあげましょう”と甘くもなっており。

  春までもうちょっとの関東の空、
  何だよ騒がしいと驚かされたか、
  小鳥が数羽、追い立てられるよに飛び立っていったの
  おややと見送った先、
  明るい空の青がひろがり< 一足早い春めきに
  目映かったそうでございます。






   〜Fine〜  15.03.09.



   *事件の骨子をがっつり組み上げると冗長になるのは相変わらずです。
    長くなっても…とあちこち割愛したら、
    何が何だかな仕立てになってしまって…。
    もちょっとスパスパ書けたらいいのになぁ。(こら)

   *久々の賞金稼ぎものにしようかと思ったのですが、
    微妙ながら久蔵さんのお話が続くのと、
    シチさんとそれから、勘兵衛様がずっとご無沙汰でしたので。
    怪我も快癒しましたというご挨拶がてら、
    こっちのお話とさせていただきました。
    ……あんまり出番がなかった辺り、
    怪我をした話と 露出度は大差無いですが。(う〜ん)

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


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